瀬戸内かみじまトリップ

橋を巡る離島旅 「途中下車と最北端。町有バスで島旅を。」 ゆめしま海道 ② 町有バス・弓削島、佐島、生名島、岩城島
Island trip around Bridge / "Get off on the way to the northernmost point. Take a trip to the island on the local bus." Yumeshima Kaido (2) The local Bus, Yuge – Sashima – Ikina – Iwagi island

ゆめしま海道特集_町有バス

バスの車窓から

バスに乗れば、窓の外を流れていくその土地ならではの風景を眺めながら、バス停をめぐって自分が選んだ場所へ行くことができる。たとえばターミナルを旋回して街を駆け巡るバスで買い物へ行ったとする。その時車窓からは、美しい街路樹やビルの群れ、人々でにぎわう店の連なりを見ることができるかも知れない。
離島と離島とが集まって生まれ、またその島々が「ゆめしま海道」で結ばれた町・愛媛県越智郡上島町の町有バスには、2021年12月現在、全長515mの「生名橋いきなはし」および全長980mの「弓削大橋ゆげおおはし」を経由し、弓削島最北端のバス停「久司浦くじら」と生名島の「立石港務所たていしこうむしょ」を結ぶ12.7kmの幹線ルートと、弓削島、生名島の各島内を巡回する2つの支線ルートが存在する(弓削島は予約制)。
そしてその路線は2022年3月、生名島と岩城島を結ぶ「岩城橋いわぎはし」の開通を機に、これまでのルートを残しながら、岩城島島内を走る支線ルート、および、全長1.1kmの岩城橋を経由し立石港と岩城島の「岩城港」を結ぶ13.8kmのルート、そして、同じ岩城橋を経由し岩城港から弓削島の港「弓削港」を結ぶ16.95kmの町内最長ルートという3つのルートを新たに加え、3つの斜張橋を渡り4つの島を巡る路線バスとして生まれ変わる。
バス停をたどりながらこの町ならではの風景を見つめたくて、立石港務所発久司浦行の幹線ルートの始発、「立石港務所」へ向かった。

立石港務所発、久司浦行

日常的に船を使う人以外には聞き慣れない言葉かも知れないが、港務所こうむしょとは船やバスを待つ待合所のことだ。
生名島が上島町のいわば玄関口だからか、立石港務所は町内の港務所の中では最も広くゆったりしている。海に面したガラス張りの壁に沿って木のテーブルとイスが並び、畳の読書コーナー「たていしブックポスト」やストリートピアノが設置され、のんびりバス待ちをするには良い場所だ。
椅子に座って海を眺めていたらいつの間にか時間になってオレンジ色のバスがやって来た。
乗り口の前に立つと程良いタイミングでドアが開いた。朝は学生たちや、通院、買い物に出掛けるお年寄りたちでささやかなにぎわいを見せる町有バスだが、今、車内の乗客は数人ととても静かだ。運賃は生名島エリア、佐島/弓削島エリアの各エリア内ではどこまで行っても100円、エリアを越えても最大150円(※2022年4月より岩城島エリアを追加。エリア内100円、エリア外200円)。降りる時に運賃ボックスに入れれば良い。
この時バスを運転していたのは山本之和やまもとゆきかずさん(50)。こんにちはとあいさつしたらにっこり微笑み返してくれた。人懐っこい笑顔にジャンバーの赤が映える。強制ではないけれど、現在5人いる町有バスの運転手たちは、赤やピンクは山本さん、他のメンバーは緑やブルーと、ジャンバーやポロシャツなどトップスの色を何となく決めているそうだ。理由はお客さんがお問い合わせや確認をしやすいように。たとえば落とし物をした時も赤い服を着ていた運転手さんの時だったと伝えてもらえれば何らかの手掛かりになる。
運転に集中できるようになどといった安全上の理由から、実は運転手は、乗客と必要以上に言葉を交わさないように努めている。でもだからこそ言葉にはしないところに心くばりが生まれる。

右手に四国地方、左手に中国地方を望んで

海沿いの道をバスは進む。窓の外、海を挟んで間近に見えるのが因島だ。そしてその沿岸にせり出すように設けられた造船所では大きな船がメンテナンスを受けている。その船の「ファンネルマーク」、つまり船の煙突に描かれたマークがどんなかたちをしているのか、窓からのぞきみるのもまた楽しい。
今治に向かう高速船が立ち寄る「生名港」へ迂回したのち、バスは再び海沿いの道へ、そして佐島との間に架かる生名橋へ近づいていく。
この町を運転していて山本さんが特に美しいと思う景色のひとつが、生名橋の手前で道が生名島方面と佐島/弓削島方面の二手に分かれるところから見える、夕昏時の海だそうだ。
その時、雲の色が波に反射し海は銀色に輝いて見える。薄曇りの時には雲越しに届く淡い桃色の夕日が重なって、さらに繊細な色合いに染まる。月に1度か2度日没にかけて、空が曇り海が凪いでいる時にだけ見られる特別なシーンだ。
この後道は上り坂へ。3度ほどカーブしながらいよいよ生名橋へと入っていく。
橋を支える高さ99.1mのコンクリート主塔はライトグレー。海から空へ真っ直ぐスマートに伸びている。
橋上を吹く風にあおられないように山本さんは滑らかに速度を落とす。やがて車窓の右手にはこれから渡る佐島の港とその向こう側の四国地方が、左手には佐島の隣に浮かぶ弓削島の港とその向こう側の中国地方が、それぞれの島影を重ねて広がっている。小さな町の橋の上でこんな雄大な景色が見られるのはとても素敵なサプライズだと思う。
橋の途中で山本さんがそっとバスを端に寄せて一旦停止させた。隣をトラックや自動車がゆっくりすり抜けていく。山本さんは軽く手をあげ微笑んで合図した。安全に、そしてお互い気持ち良く運転できるように山本さんは笑顔で道を譲る。

佐島でバス待ちを

生名橋を渡り終えるとバスは左手に下る坂を旋回して佐島へ降り、「佐島港務所」に向かった。この島はスーパーはもちろんコンビニエンスストアもない周囲9.1kmの小さな島だけれど、ここで味わえる心豊かな時を求めて、幾度も訪れる旅人たちや移住する人たちも少なくない。
「古民家ゲストハウス汐見の家」は佐島を愛する、そして移り住みたいと夢見る旅人が訪れる人と島との出会いの場所だ。もしかしたら佐島港には、桟橋でお客様を見送って手を振る管理人の工藤美絵さんや富田桂子さんの姿があるかもしれない。
ちなみに上島町には鉄道がない。島内をつなぐバスの各幹線ルートは始発から終着までは片道およそ30分から40分ほど。そのダイヤは短ければ次の便まで約20分から約30分、長ければ約50分から1時間、あるいは2時間ほど空くこともある。
でもそんなバス待ちがあるからこそ、敢えて途中下車すれば存分にのんびり過ごすことができる。
たとえば佐島港務所の北東側には地元の人達によって桜が植えられた頂上から海上に架かる生名橋が見える小さな山、「観音山かんのんやま」が、北西側には島採れ野菜の無人販売所「佐島しまのひろば」、秋祭りの時には55段の階段をだんじりが上り下りする「八幡神社」、丁寧にドリップしたコーヒーや自家製カレー、ピザが楽しめる「book cafe okappa」などが点在する。ちなみにbook cafe okappaを営む山之内信介さん、彩美さんも汐見の家に宿泊したのをきっかけに佐島に移り住んだ元旅人だ。
佐島しまのひろばから海沿いの道を歩けば20分ほどで「西辺海岸にしべかいがん」に着く。砂浜に降りて右手奥の前方には岩城橋が見える。砂浜でその姿を眺めながら波打ち際を歩くのもきっと気持ちが良い。

弓削大橋の向こうに四国山脈が映る

佐島を後にしてバスは弓削大橋を渡る。こちらの主塔は左右くの字形に組まれ下から眺めるとちょうど両手をつないだアーチのように見えるから、くぐる時にはようこそと歓迎されているようなどこか楽しい気分になれる。
橋上からは、これから向かう弓削島の港やその背後に港を守るように座るかつて石灰が採掘された石灰山せっかいやま(山が白くえぐれているのはその名残だ)、そしてニュージーランドから移住した斎藤サミュエル彰士さんが運営する「島旅ヨット」のツアーで使われるカタマランヨット(双胴船/そうどうせん)が見える。
橋を降りてバスはさらに海沿いの道を進む。上島町の県道、特にバスの幹線道路は海に並走するように敷設されている。だからこの町のバス旅の傍らには美しい海がある。
バスの車窓からは海辺ならではのまばゆい日差しが射し込み、暑い日には運転席は38度まで上がる。山本さんの勤務時の持ち物も、奥さんが握ってくれるおにぎり3つ、2リットルの水筒とタオル、そして回数券やおつり、乗客数を記録するシートとカウンターなどを入れたバックに加え、真夏には暑さ対策の塩タブレットが追加される。
バスは船乗りを目指す学生たちが実習を重ねる練習船「弓削丸」が停泊する弓削商船高専の艇庫やヨットマンたちに人気の「ゆげ海の駅」の前を通過し「弓削港務所」へと向かった。弓削港周辺からは海上に弓削大橋の全形が見え、晴れて空気が澄んでいる日にはその背後に四国山脈の青い影が浮かぶ。

手を振る小学生、古民家ベーカリー

運転中に山本さんがしばしば確認するのが主なバス停ごとの発時刻が記されたカードだ。私たちは何も知らずゆったりと乗車しているけれど、決められた時刻にバス停を発着するため、運転席では細やかな速度調整、分刻み/秒単位の時間調整が続くという。
弓削港務所を過ぎてバスは明神みょうじん引野ひきの地区へ進む。この2つの地区は小、中、高校が近接して建ついわば島の文教地区だ。朝夕、黄色い帽子を被って歩く小学生に手をあげると振り返してくれるという山本さん。その挨拶を飛び出しなどを防ぐ「注意喚起」の意味もあると教えてくれた。笑顔で子供たちの安全を見守っている。
そしてバスは上弓削かみゆげ地区へ。「上弓削港」からは「家老渡かろうとフェリー汽船」の船が発着し因島「家老渡港」との間を結ぶ。江戸時代には今治藩の本陣があり潮待ちの地として栄えたというこの地の路地を歩けば、なまこ壁や飾り瓦など古い意匠を今も残す古民家を見ることができる。
そんな中築約103年の蔵をリノベーションしたベーカリーと言えば「Kitchen 313 Kamiyuge」だ。一番人気のベーグルは手ごねでもっちり、食べれば心もお腹もふっくら温まる。売り切れることも多いので電話予約がおすすめだ。
もし上弓削で途中下車したら、路地を散策した後Kitchen 313 Kamiyugeで過ごすのも良いし、少し長めに時間を取って、地元の人たちがエクササイズに通う海水温浴施設「潮湯しおのゆ」を訪れたり、白い砂浜から松林の参道へ吹き抜ける風が心地良い「高濱八幡神社たかはまはちまんじんじゃ」を参拝するのも楽しい。
ここでもう一つ、弓削島には欠かせない食べ物の話を。
上弓削港の目の前にお好み焼き店「西野にしの」がある。広島県との県境にあるからか、この西野を含め弓削島のお好み焼きは焼いた麺をクレープ状の生地で挟む「広島風」。昔よりはずいぶん減ったけれど、今も西野の他、下弓削地区に「ジャンボたこ焼き 濱岡」、「みちくさ」、「ラーメン党」と3軒のお好み焼き屋が点在し、島の人達はそれぞれがよく通う、一押しの店を持っている。

島の北端まで歩いて

上弓削地区を後にしたバスは沢津さわづ地区から弓削島の北端、久司浦くじら地区へと向かう。やがて前方には大森神社の鳥居が見えて来る。この大森神社のように、豊漁や航海の安全を願うため弓削島の鳥居の多くは海を正面にして建てられているともいわれる。かつて海と人とのつながりは今よりずいぶん強かった。
弓削島に公営バスが開通したのは1964年10月。それ以前は橋がなかったのはもちろん道路も現在のようには敷設されておらず、久司浦地区の人たちは下弓削地区まで海岸を草鞋で歩いたと聞く。砂浜には色々な種類の貝が沢山いて、おかずがなければ海へ行き獲って味噌汁の具にしたそうだ。
バスの揺れに身を任せきらめく海を眺めていたら、今はない島の暮らし、そこで生きた人々の姿が思い浮かんだ。
やがて車内アナウンスが終点久司浦への到着を告げバスはゆっくり停車した。料金ボックスにお金を入れてお礼を言うと、山本さんはあの人懐っこい笑顔でにっこり微笑んだ。
広島県からこの町に家族5人で越して来た山本さん。以来10年離島のバスの運転手として働いてきた。見知った乗客からは時折野菜やみかん、飲み物の差し入れをいただく。乗客からのあたたかい言葉や心遣いが山本さんにとっての幸せだ。
バスから見える景色ではないけれど、山本さんは久司浦の奥の「大田林おおたなばし塩浜しおはま」が好きだと教えてくれた。弓削島の最北端、鎌倉時代の要塞だったという「馬立ノ鼻うまだてのはな」がある島の北端の海岸だ。バスを降りてその果ての景色を見に行くことにした。
海沿いを大森神社へ、さらに道が尽きるまで歩く。この集落にも店はないけれど飲み物はバス停にある自動販売機で買うことが出来る。途中の防波堤には「天の花そらのはな」と名付けられた美しい壁画が描かれているから、買ったお茶でも飲みながらゆっくり眺めよう。
バスに乗って3つの橋を渡った。とても遠く静かで、とても良いところまで来た。

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