瀬戸内かみじまトリップ

味噌を巡る離島旅 「手から手へ。受け継がれる、いきな味噌」 生名島
Island trip around Miso / "From hand to hand. Ikina miso inherited" Ikina island

特集「味噌を巡る離島旅」

小島が浮かぶ海岸線

愛媛県越智郡上島町、生名いきな島。この島は芸予諸島を縦走する「しまなみ海道」とは結ばれてはいないけれど、上島町の玄関口「立石たていし港」に一歩降り立てば、大きな海道に連なる島とはまた別ののびやかさにあふれた空気、のどかな島景色が広がっている。
港の桟橋を背に海沿いを左に折れれば、弓削島・佐島へと向かっていく広々とした県道が続き、そこからまるで並走しているかのように海上に並ぶ、3つの小島を間近に見ることが出来る。立石港側から順に、鶏島ケキョーロ坪木島つぼきじま能子島のこじまだ。
そしてさらに進めば半島状の厳島いつくしまが見えてくる。ここはもともと干潮時以外は、生名島へは船でないと渡ることができない小島だったが、明治の終わり頃に道路と宅地を広げるため、島民たちの手で埋め立てられて現在のかたちに生まれ変わった島だ。
生名島の人達はこうして土地を干拓し塩田や農耕地を作ってきた。平たん地や干潟が多くどちらかと言えば開墾しやすい地理に恵まれたことを生かしながら工夫を重ねた、たくましい島の日々がそこにある。
そんな生名島の、かつては水田だったという海沿いから奥へと進んだ路地裏に小さな商店がある。野菜や墓に供える花が置かれたその店先には「いきな味噌」と手書きで書かれた紙が貼り出されていた。
生名島の人達はこの味噌を普段づかいにするのはもちろん、畑で採れたみかんと詰め合わせ、離れて暮らす家族や親せきに送るという。
「いきな味噌は本当に評判がいいよ。味噌汁はもちろん、おでん味噌にしてもおいしいの」、「広島に嫁に行った娘が帰る度に買って行くよ」、お店の人も居合わせたお客さんも生き生きと話してくれた。
そんなふうに様々な人たちに愛されているいきな味噌を作っているのが、約30年前に結成された女性グループ「むつみグループ」だ。

受け継がれてきた味噌づくり

むつみグループが作る麦味噌のパッケージには、メンバーが1枚1枚はさみで切って作る原材料などが書かれたピンクの紙が入れられている。
「おいしさの秘訣は、もち米を使用していること!この味、いつまでも伝承していきたいですね!」、その紙の欄外に記されたむつみグループからのメッセージだ。
元々はみんなで集まる場所がほしいねと12人の女性たちが創ったというむつみグループ。年に一度の味噌づくりの他、島でイベントがあれば手作りのごませんべいや「むつみだんご」を販売するなど積極的に活動してきた。年を経て少しずつ会員は入れ代わり、現在のメンバーは村上光子(87)さん、中田加代子(79)さん、村上密子(77)さん、宮本栄子(73)さん、岡野利栄(71)、さん、濱田篤美(70)さん、村上光恵(70)さん、津國和美(66)さんの8人だ。
むつみグループが味噌づくりをするのは厳島の付け根付近にある「味の伝承館でんしょうかん(以下、伝承館でんしょうかん)」だ。生名島の尾又地区にある「荒神こうじんさん」と呼ばれるお堂にカセットコンロを持ち込んで集まり、農業改良普及所の指導による調理講習会を開くなど、地道な取り組みを続けていたむつみグループの前身に当たる「生活改善尾又グループ」の活動をサポートしようと、平成元年(1988年)に建てられたものだ。
「地元の味を伝えていってほしい」、伝承館の名前はそんな願いを込めて付けたのだと生名村役場(当時)に勤めていた命名者の村上寛仁さん(69)は語る。施設内には利用者のために大きな蒸器やガスコンロ、釜などの調理器具が備えられ、予約すれば町内の住民は1日1,050円で利用することができる。むつみグループ以外にも生名島の人々によるちいさなグループが、いわゆる「手前味噌」を作るためにここを借りるそうだ。昔ながらの島の味は今も確かに受け継がれている。
より美味しい味噌を作りたくて、結成したばかりの約30年前、伯方島にある生活改善グループに作り方を学びにいったというむつみ会。味噌の発酵は気温に左右されるため、温暖化などの影響で味噌づくりの時期は時代を経て少しずつ変わってきたけれど、初期メンバーが修得したレシピは今も守られている。
「昔は6月から味噌を作っていましたよ、今年は暑かったのとコロナの影響とで9月から始めることになったけれど」。そう教えてくれたのは4代目会長の光恵さん。生名島に生まれ育ち、働きながら子育てしてきた。味噌づくりを見学させてほしいとお願いすると、快くそして温かく応じてくださった。

1日目:赤ちゃんのように

仕込みから発酵、そして、発酵させた材料を樽へ納めるまでの工程で、味噌づくりには3日を要する。そこからさらに数か月樽の中で熟成させて味噌は作られる。
味噌づくりの初日、メンバーの集合時間は明け方4時過ぎ。集まるとすぐに手際よく丸麦ともち米を洗い、水を張った大きなたらいに浸して戻した後、ガスコンロに並べられてセットしておいた蒸器で次々蒸しあげていった。分量は1回蒸す分で丸麦20キロ、もち米5キロ。全部で5回蒸すから総量はその5倍になる。
「わたしたち、あうんの呼吸よねえ」、と会長の光恵さんが場を盛り上げるように周りに声をかけると、洗いものをしていた栄子さん、和美さんは笑ってうなずいた。
丸麦ともち米が蒸しあがると作業場は急に慌しくなる。蒸したての材料をあらかじめ並べておいた白い大きな布の上に勢いよく開け、扇風機を当てながら大きな木しゃもじで上下に返して冷まさなくてはならない。撮影していたカメラのレンズが満ちる蒸気で白く滲んだ。
ほどよく冷めたタイミングでこうじ菌を加え、木しゃもじとさらに素手も使ってかき混ぜる。熱気で夏は室内温度が40度を超えるそうだ。
やがて平らにならされた丸麦ともち米には、温度を保つように毛布が掛けられた。それは丸麦ともち米を発酵するまで寝かせておくいわば「掛布団」のようなもので、「バスタオルや毛布、コタツ敷、季節によって使うものは変える」と光恵さんが教えてくれた。
名誉会長だという光子さんが先に蒸されて発酵の工程に入っていた丸麦ともち米の毛布をそっと外し、「さわってみて」と微笑んだ。言われた通り手を置くと熟睡している赤ん坊の素肌のようにしっとり熱い。丸麦ももち米もこうじ菌も生きている。

毎日食べても飽きない

作業が落ち着いた頃合いを見計らって光恵さんたちは味噌汁の支度を始めた。
だし汁で具に火を通してから味噌を濾し入れる。その時、濾し器の網にあわあわと残る大豆や丸麦、そして、半透明のもち米の粒はそのまま鍋へ入れた。これを取りのぞくか味噌汁に入れて食べるかは「それぞれの好みによるよね」とのことで、のぞけばより上品な味になるし入れれば素材の味わいや香りをしっかり楽める。
やがて長いテーブルには生名みそで作った味噌汁と白いご飯、そして生名みそに酒、みりん、砂糖、ちりめんを合わせて煮詰めた「煮味噌」などが並べられた。光恵さんたちは「たくさんあるからおかわりしてね!」とどこまでもおおらかだ。
生名みその特徴は毎日使っても飽きの来ない、ほどよい塩みと甘み、そしてほのかなこうじの匂いの奥深いバランスにあると思う。それは作り手の光恵さんたちのおおらかさをどこか思わせる味わいで、麦味噌独特の風味が立ちすぎることがなく具材のうまみを受け止めてほどよく引き出してくれる。豆腐やわかめといった淡泊な具はもちろん、甘みを持つ野菜が特に合う。
食事を食べながらおすすめの具材をたずねると加代子さんがにこにこしながら「これからの季節味噌汁に入れるなら、白菜が甘くておいしい」と教えてくれた。

2日目:こうじの香り

味噌づくり2日目の朝。伝承館の室内はまるで酒蔵のようなこうじのやわらかい香りで満ちていた。発酵が順調に進んでいる証だという。
「伝承館にも、こうじ菌が住んでいる気がするのよね」、光恵さんは壁に指で触れながら言った。
丸麦ともち米の上に掛けてあった毛布を少しだけめくって中を見せてもらった。表面にごく細い綿毛のような菌糸が伸びてたがいにつながり合いもろもろとした塊になっている。触ると昨日の熱はずいぶん治まっていた。
それを木しゃもじでほぐして再び毛布を掛けさらに発酵を進める。その間に大豆1回分5キロ、合計5回分の25キロを水に浸し、同じ日の夕方から大きな鍋で食べられるほどの固さになるまで1時間半ほどじっくりゆでる。ゆでる時の熱気もまた部屋を温め丸麦ともち米の発酵を助けるのだそうだ。無駄がない。

3日目:掌で作る

そして味噌づくり3日目。この日は朝6時頃、昨日ゆであげて適温まで冷めしておいた大豆をミキサーにかけ、ミンチにするところから作業が始まった。
その後布団の中に寝かされていた丸麦ともち粉が丁度良く発酵したのを確認してから、それを4人がかりで持ち上げてたらいに入れ、塩をまんべんなく振り入れたのちこねあげていく。
しばらくこねたら朝あらかじめミンチ状にしておいた大豆を加えてこね、さらにそのゆで汁を足してまたこね・・・。こねあげていく工程がしばらく続く。コツは「手先だけでなく全身の力を込めること」だそうだ。
丸麦ともち粉、大豆がほどよい固さになるまでこの作業を続けたら、手でかき出して団子状に丸め、あらかじめ保存用の袋を入れておいた樽の中に投げ入れていく。作業をしながら光恵さんが「空気を抜くために投げ入れるのよ」と教えてくれた。
仕上げにカビ除けに焼酎を少量ふりかけてから、ラップでふたをしてしっかりと袋の口をしめて密閉する。
このこねる工程をいつも全て素手でするのかとたずねると、「けがをしていない限りはね。素手でするからこそこうじ菌に何か影響するかもしれないね」と教えてくれた光恵さん。まさにそれぞれの掌でいきな味噌は作られる。

美味しくて安全で

樽はその後蔵に運ばれ、夏なら2か月、秋以降なら3か月ほどかけて熟成させる。熟成したばかりの味噌はまだほのかに白味を帯びていて、時間が経たつほどに、茶色に濃く色を変えていくそうだ。
「若い味噌が好きな人もいるし熟した味噌が好きな人もいる。自分の好きな熟成具合になったら冷凍しておくといいよ。発酵が止まって好きな味加減をそのまま楽しめるから」、光恵さんが教えてくれた。
冷凍しなければ発酵が続くのも「保存料が入っていないからじゃないかしら」と続ける光恵さん。「美味しいのはもちろんだけれど、安心して食べられるわよね、自分たちで作っているから何が入っているのかよく知っているし、保証もできる」と胸を張り、「お客さんもね、一度食べたら美味しいってまとめ買いしてくれたり、毎年買ってくれたりする。味噌汁が嫌いだって言う子もいきな味噌の味噌汁を喜んで食べたこともあるわね」と朗らかに笑った。その美味しく安全安心な味噌を求めて、松山や広島、大阪、千葉、埼玉など、遠い街からの注文も届くそうだ。

女性たちの手から手へ

昭和50年には記録上(※1)、生名島から水田が消滅した。それでも光恵さんたちがまだ幼かったり、あるいは若く子育てをしていた頃には、自分たちで育てた丸麦や大豆で味噌を作る家庭も今より多かったと聞く。味噌づくりに欠かせない丸麦を「みそむぎ」と呼ぶ家もあったそうで、その素朴な呼び名から毎年の味噌づくりがごく当たり前に生活の中になじんでいたことがうかがえる。
「昔は古くなった味噌で煮味噌を作ったのよ。ちりめんじゃこじゃなくいりこをいれてね」、「煮味噌にギザミ(※2)を入れたらほんとうにおいしかった。埋め立てられる前、伝承館があった土地は元々は磯で、ギザミはもちろん貝もたくさん獲れた。それをよくおかずにしたのよ。アサリ、ハマグリ、ジョウロウガイ…」
かつて島の周りが砂浜に囲まれていた頃、伝承館の間近にある厳島や周囲の小島の沿岸は「藻場」と呼ばれる海草の繁殖地だった。そしてそこに生息する幾種類もの貝や魚は生名味噌を使って女性たちの手で調理され、毎日のごくささやかな食卓に並べられた。海からの恵みがとても身近だった頃の話だ。
「おいしさの秘訣は、もち米を利用していること!この味、いつまでも伝承していきたいですね!」、いきな味噌のパッケージに記されているメッセージが思い出された。このメッセージはむつみグループの初代会長村上宗子ときこさんが考えたものだそうだ。
「ああいう文章なんか、さらさらっと考えられる人だったね」、「庄屋さんの新屋しんや(分家のことを指す)の孫娘さんでちっともえらぶらなかったね」「保育所の園長さんもしていたよね」・・・。光恵さんも光子さんも宗子さんの思い出を今もとても誇らしげに話す。
時の移り変わりとともに環境は変わり島の生活も大きく変化したけれど、生名島に暮らす女性たちの手から手へと受け継がれて、今も息づく、知恵や工夫、味もまだ確かにあるのだ。ちょうど伝承館の名に込められた願いのように。

※参考資料: 生名村誌、広報いきな (※1)生名村誌/生名村(当時)平成16年発刊による (※2)関東ではベラとも呼ばれるスズキ目の魚。体は平たく、雄は特徴的な黄緑色をしている。上島町ではかつては砂浜に多く生息し塩焼や南蛮漬け等日常的に食された。

《いきな味噌レシピ》
むつみグループの皆さんに、いきな味噌を使った美味しいレシピを教えていただきました。

① いきな味噌の煮味噌

少し熟成が進んだ、茶色っぽい味噌を使うのがおすすめ。
《材料》いきな味噌、砂糖、みりん、さけ、ちりめんじゃこ、あればニラ 各適量
1)すべての材料を合わせる
2)鍋に入れて、1時間ほどじっくりと煮詰める
白いご飯が進む一品。お酒のあてにも。唐揚げにつけて食べると美味しいと言うメンバーも。あればニラを刻んで入れるととても美味しいとのこと。

② いきな味噌の味噌マヨディップクリーム

《材料》いきな味噌 大さじ1、マヨネーズ 大さじ2、砂糖 好みで、すりごま 好みで
1)すべての材料を合わせる
2)よく混ぜて出来上がり
色々な野菜とぴったりの味。びっくりするほどたくさん野菜スティックが食べられる。焼きナスや、ゆがいたししとう、スライスした生のパプリカにつけても。

《生名みそが購入できる主なお店》

  • なかうら
    住所 愛媛県越智郡上島町生名1656
    TEL. 0897-76-3044
    営業時間 9:00~17:30
    定休日 日曜日
  • 山久ストア
    住所 愛媛県越智郡上島町生名2060
    TEL. 0897-76-2033
    営業時間 9:00~19:30
    定休日 不定休
  • 大池商店
    住所 愛媛県越智郡上島町生名490
    TEL. 0897-76-2059
    営業時間 10:00~18:00
    定休日 日曜日
  • 百崎商店
    住所 愛媛県越智郡上島町生名487
    TEL. 0897-76-2007
    営業時間 9:30~18:30
    定休日 日曜日
  • いきなスポレク
    住所 愛媛県越智郡上島町生名4528
    TEL. 0897-74-0906
    営業時間 9:00〜19:00
    定休日 火曜日

※遠方の方は電話注文を受け付けます。商品の配送サービス等、くわしくは販売先にご確認ください。

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