瀬戸内かみじまトリップ

桜を巡る離島旅 「三千本桜を守る人々」 岩城島・積善山
Island trip around Sakura / "People who protect 3,000 Sakura trees" Mt.Sekizen, Iwagi island

桜を巡る離島旅「三千本桜を守る人々」岩城島・積善山

岩城富士と呼ばれて

瀬戸内海の離島、岩城島。なだらかな三角形にも見えるかたちがなんとも味わい深いこの島のほぼ中央にそびえたつのが「積善山(せきぜんざん)」だ。標高約370メートルと富士山の約十分の一の高さであること、そして美しい稜線から「岩城富士」とも呼ばれ、山麓は島全体を覆うように東西南北の海岸線近くまでのびやかに迫る。
積善山は、年に一度、満開の桜に染まる。
ソメイヨシノ、ヤマザクラ、オオシマザクラ…。10種類以上もの桜が植樹され、その総数3000本とも4000本とも言われる積善山。北側の尾根に沿って約4キロメートルに渡り桜並木が続く様は「天女の羽衣」と喩えられる。1956年(昭和31年)5月には国立公園第二種特別地域に指定され、毎年桜の季節には全国から約1万人を超える人々が訪れる、知る人ぞ知る瀬戸内有数の花見どころだ。

積善山の花見道

岩城島に暮らす人たちは、三光汽船が発着する小漕港がある島の北側を「ウラ」、芸予汽船が発着する岩城港がある島の南側を「オモテ」と呼び慣らしてる。
積善山の花見道は、その島のウラ、すなわち小漕港側にある「いわぎ桜公園」から始まると言ってよいだろう。
登山口にもあたるこの公園には、ソメイヨシノの他、枝垂れ桜、神代曙(シンダイアケボノ)、八重桜と桜の中でも華やかな容姿の花々が咲き誇り、鮮やかな花見の始まりに、いきなり心を奪われてしまうはずだ。
そのまま山道へと入れば、明るかった公園とは対照的に、登るごとに山特有の静謐と緑陰が深みを増していく。ゆっくりと約1.3キロほど進むと、参道沿いに目印のような赤い色彩が見えてくる。古代巨石信仰の遺跡「妙見神社」の鳥居だ。付近には野趣あふれる山桜が白い花びらを光らせながら咲き、深呼吸をすると澄んだ空気が胸を満たす。
ここから山道はやや激しい蛇行を見せる。臆せずそのまま進めば「夕日の展望台」、さらに「見晴らし広場」と眺望スポットが続く。足を止め、あるいは車や自転車を停めて一休みするのも良いだろう。純白の花びらがさわやかなオオシマザクラやピンクの花びらが可憐な神代曙・陽春など、さまざまな桜を楽しむことができる。
そしてこの地点を過ぎれば、いよいよ桜並木だ。まるで夢の中を歩いていくように、桜のトンネルを渡ることができる。
歩くごとに味わい変わる。積善山の花見道はそれぞれの美しさを持つ、桜の見どころが続く。

ゆめしま、しまなみ海道を一望、360°パノラマ

桜並木を抜けてさらに進む。やがて山頂の展望台に到着する。ここからは咲き誇る桜の下、のびやかに広がる瀬戸内海、そして、しまなみ海道やゆめしま海道で結ばれた大小様々な島々を一望できる。
山頂から北西側にはしまなみ海道で結ばれた生口島、そして大三島が浮かぶ。天候が許せば、ふたつの島を渡る、しまなみ海道を構成する「多々羅大橋」を眺め下ろすことが出来るだろう。その全長は約1480メートル。国内最大の大斜張橋(2021年現在)だ。
山頂から東側にはゆめしま海道で結ばれた生名島、そして弓削島が浮かぶ。生名島から後方の弓削島へと渡るのは、ゆめしま海道を構成する橋のひとつ、上島町のちいさな離島を結ぶ「生名橋」と「弓削大橋」だ。2022年には岩城島と生名島を結ぶ「岩城橋」も完成する予定。新しいゆめしま海道の姿を、この展望台から眺めることが出来るようになるだろう。

切り倒された木々

こんなにも瀬戸内らしい、桜の景色をのぞむことができる積善山だが、かつて、その山肌が露わになるまで大規模な伐採が行われた時代があった。
「松根油(しょうこんゆ)を供出するのに、松の木を切り倒したんですわ」、そう教えてくれたのは、様々なかたちで積善山の桜の管理にたずさわって来た村上哲朗さん(88)だ。哲朗さんは平成7年に発生した大規模な山火事では消防団長として鎮火を指揮。焼けただれてしまった株から芽吹いた桜を見た時には「感動しました」と当時を振り返る。長年、桜の美しさと強さに間近に触れてきた人だ。
「松根油」とは松の根から採れる油のことだ。
宮城、岐阜、石川…。太平洋戦争末期、松根油を航空機の代替燃料にするため全国各地の松が伐採される中、積善山でもまた、多くの松が切り倒されていった。

山頂に植えられた桜

しかしこの伐採が、積善山が桜の名所として生まれ変わる契機となる。終戦後、岩城島の人たちは、松を伐採した山頂に1本、また1本と桜を植え始めたのだ。
ご自身のお父さんがこの植樹に参加したと言う哲朗さん。残っている松の株があれば掘り起こしながら桜を植えたと伝えられているそうで、その作業は「私も聞いた話ですが本当に大変だったようです」と話した。

お不動さんの堂主さん

終戦後に始まった山頂への植樹がいったん落ち着くと、今度は、小漕港側、つまり島のウラ側の麓から桜の植樹が開始される。
それは、小漕港から積善山に向かって1.2キロほどの場所にある「北広場」に、3本の桜の木が植えられたことからはじまったのではないかと哲朗さんは語る。
植えたのは桜公園に建てられている「お不動さん」の堂主さん。このお不動さんでは毎年春に行われる島四国の折に「お接待」が振舞われると言う。地域の人たちが集う素朴な公園に植えられた桜は、きっと、花咲く季節には特に人々を楽しませていたのだろう。
桜の木があれば、地域の人たちは喜んでくれる、そんな思いが自然に伝えられたのかもしれない。次にお不動さんの堂主をつとめた前田重作氏は、北広場からさらに200メートルほど上がった、「いわぎ桜公園」の整備に尽力した。昭和30年頃のことだ。
こうして山頂から始まった積善山の植樹は、ふもとの植樹へと引き継がれていった。

記念樹が生んだ三千本桜

まるで山頂と山麓をつなぐように。
その後、山道沿いや三叉路、見晴らし展望台と言った、山頂とふもとを結ぶルートに桜を植えていったのは他でもない岩城島の人たちだった。
「積善山の桜は卒業記念や還暦記念に植えられたものが多い」と哲朗さん。たしかに、積善山の桜には、しばしば、「記念樹」と記された木碑や石碑がその根元に寄り添うように立てられている。
人生の新たな門出にと岩城島の人たちの桜の植樹は続き、1本が10本、100本が1000本と積み重なって、やがて3000本を超えるまでになっていったのだ。
「木1本1本に卒業生の名前をつけたこともありましたよ」、哲朗さんは思い出を楽しそうに話す。積善山への植樹は今も受け継がれ、近年では2021年3月に岩城保育所の園児15名が卒園記念植樹会を行った。
桜をめぐる活動は木を植えるだけにはとどまらない。たとえば年に一度の桜への施肥や枯れた苗の植え替えなど、その大部分を担ったのは島の人たちのボランティアや寄付だった。
「大きな街からでもどこから来ても、どこよりもここの桜が良いとほめてもらえます」、哲朗さんは目元に積善山の桜への愛情と誇りをにじませて微笑んだ。

妙見神社を守って

定期的に仲間と行ってきた桜の保全活動もメンバーの高齢化で途絶えてしまったと言う哲朗さん。しかし今も月に一度奥さんと二人で「妙見神社」へ清掃に出かけると言う。哲朗さんの毎月の足取りを追いたくなって、神社まで登った。
山の中腹にある朱色の鳥居をくぐり草が伸びた細い山道を踏み慣らしながら分け入ると、大きな岩を背後にした妙見神社のお社にたどり着く。
お社の中の、海に面したふたつの壁には大きな窓ガラスがはめ込まれ、素晴らしい見晴らし、そしてまばゆいほどの日差しだ。春にはこの窓辺から山腹に咲いた桜を眺めることもできる。
その窓ガラスの前に敷かれた床も、妙見菩薩が祀られた祠も整然と整えられ、お社内は、手をかけ守り続ける人がいる場所特有の清らかな気配に満ちていた。

弓削島からのぞむ積善山

ところで積善山の姿は、積善山がある岩城島からだけではなく、岩城島の海上を舟で東へ約6キロほど渡った、同じ町内に連なる弓削(ゆげ)島からも望むることができる。
おすすめは、島最北端の久司浦(くじら)集落、そして、そこから上弓削、引野集落に向かう海沿いのルートだ。
島内を巡る町営バス停留所「久司浦」で降り、海に沿って北方向へ2、3分ほど歩いて「大森神社(おおもりじんじゃ)」まで行けば海を正面に建てられた鳥居の中から海越しに、岩城島の青い山影をみとめられる。
そして夕刻、その久司浦集落から、上弓削、引野集落に向かって海沿いの県道を行けば、季節や時間によっては、海上を黄金色に染め上げながら、太陽が積善山のちょうど真上あたりを沈んでいく様を見ることができる。
別の島から見る積善山もやはり美しい。いやむしろ、海越しに少し離れているからこそ、私たちの目で捉えられる稜線の美しさがあるのかもしれない。
海の向こうの稜線を見つめながら、その山の数千本もの桜が島の人たちによって植えられ育まれていることに思いをはせれば、形の美しさだけではない温かい息吹が、山から立ち上っているような気がしてならない。
そしてそれはいつまでも眺めて感じていたくなる、この町だけにしかない、風景であり物語なのだ。

《積善山アクセス》

※乗用車で、山頂付近東駐車場まで進入可能(駐車:10台)
※自転車の場合、急傾斜のため中・上級者向け。初心者には電動アシスト付自転車がおすすめ。(岩城港にレンタサイクルあり)
※トイレは北広場、いわぎ桜公園、北三叉路付近、西駐車場、山頂付近東駐車場にあり。

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