瀬戸内かみじまトリップ

宿を巡る離島旅 「地魚のおもてなしで、心から憩う」 古民家弓削の宿・弓削島
Island trip around Minshuku / "Relaxing with the hospitality of local fish dishes" YugenoYado, Yuge island

古民家民宿 弓削の宿

御旅所の傍らにたたずむ

弓削島の各所に「御旅所おたびしょ」と呼ばれる場所がある。毎年10月に弓削島の各集落で行われる秋祭りで、氏神様の御霊を乗せた神輿とその神輿を盛り立ててともに行くだんじりが、神社を出発して歩み出す「宮出し」と地区を巡ったのち再び神社へと戻る「宮入り」の途中で、神事を行うために立ち寄る大切なポイントだ。
神事を待つ間、神輿やだんじりのかつぎ手たちや、大人たちにかつがれて進むだんじりの上で古くから伝えられてきた歌を歌いながら太鼓を叩く「乗り子」と呼ばれる子どもたちには、飲み物や食べ物が振舞われる。つまり御旅所は、この後数時間続く祭りの中で、束の間の休息が取られる場でもあるのだ。
下弓削地区にある町役場から海を背にして、かつては商店街の目抜き通りだったという路地を奥へと歩き小さな十字路まで出たら左に折れると、三角形の空き地に着く。それが下弓削地区の御旅所だ。
その三角形のちょうど頂点に当たる場所に立った時、右手に「弓削の宿」と木で彫られた大きな看板があることに気づくだろう。弓削島に暮らす書家に書いてもらった宿の名を掘り込んで手作りしたのだと、宿のオーナーの川畑良文さん(54)、奥さんのちや子さん(53)が教えてくれた。

築約100年の古民家をリノベーション

「古民家弓削の宿」は築100年は経つという古民家をリノベーションして2019年10月にオープンした民宿だ。
民宿をオープンするのは良文さんとちや子さんにとって20年来の夢だったという。大々的な宣伝はしていないけれど、一度宿泊した人がふたたび訪れたり友達にいい宿があるよと紹介したりと、リピーターと口コミとでしずかに利用客を増やしている。
建物は2階建て。1階は襖で仕切ることもできる和室が2部屋、2階は元は倉庫だったと言う屋根裏部屋のようなスペースも襖の奥に潜んでいる。むき出しの屋根の梁は迫力があって子供たちにはおもしろいと好評だし、秘密基地に泊まる気分を味わいたいのか、少年時代に戻った大人たちがこのスペースで眠ることもたまにあるらしい。
はじめに近所の若い大工さんにアドバイスをもらった後は、床を補強し畳を替え、壁のしっくいを塗り直し天井板の隙間を埋め、ゆっくりとくつろげる広々とした木張りのテラスを設け…、と、1年10か月におよぶリノベーションのほとんどを、良文さんとちや子さんは息子さんの手も借りながら自分たちでやり遂げたそうだ。
今も時間があれば宿の隣に設けたガレージ風の工房に籠って作業をかさねるという良文さん。昼間は太陽光発電で電気を賄うようにしたいと、リノベーション熱、DIY熱は下がる気配がない。
「やっぱり電気工事士の資格は取ってよかった。これがないと家の電気回りの工事が自分で出来ないから」と話す良文さんは元サラリーマン、ちや子さんは仕事で留守がちだった良文さんの分まで3人の子どもたちとの家庭を守る主婦だった。

「いつかふたりで」の夢を叶え

ふたりのあゆみは、まだ幼かった頃、ちや子さんが暮らす鹿児島の町に良文さんが引っ越して来たことに始まる。幼なじみとして育ち、ちや子さんの高校の卒業式には、良文さんがちや子さんのお母さんを学校まで車で送るまでに距離が縮まった。そして良文さんが20歳、ちや子さんが19歳の時にふたりは結婚する。
しかし一緒に暮らすようになってからの良文さんは出張で不在が多く、「さみしかった」とちや子さん。30代に差し掛かる頃、いつか2人で一緒に働けるといいねと良文さんがたまに帰った夜に晩酌をしながら語り合うようになる。
ふたりの共通点は美味しいものとお酒、そして人をもてなすことが「もはや趣味と言えるくらい」大好きなこと。やきとり屋、居酒屋、とアイデアを重ねていくうちに、好きなことが全部できる民宿を開くことにイメージがかたまる。そうと決まればと良文さんは仕事の傍ら民宿経営に必要だと思われる資格を20個以上取り、ちや子さんは地域の給食センターで調理や衛生管理の経験を積んで調理師免許を取得した。

弓削島との出会い

ふたりで始める民宿は近くに海があるのが絶対条件、さらに台風の被害が少ない場所をと候補地を瀬戸内海の島にしぼり、良文さんとちや子さんは小豆島、とびしま海道、大三島等々、様々な島をバイクで一緒に巡った。
弓削島がある上島町を知ったのはその旅の途中。「偶然、因島の港から海を挟んですぐ近くに島があるのを見つけました。あの島に行けるんじゃない?って言う話になって…」、今思えばそれが上島町の玄関口、「生名島」だった。
ふたりは因島からフェリーで生名島へ、さらにバイクを走らせ「ゆめしま海道」を渡り弓削島へと向かった。弓削島の第一印象を良文さんが「ちょうどよいサイズ感。大き過ぎず小さ過ぎず島を1周することもできる」と語れば、ちや子さんは「どこへいっても海がきれい」とうなずく。ふたりにとって弓削島は、初めて訪れた時から心落ち着く場所だった。
それから移住するまでの間ふたりは幾度も弓削島に通う。下弓削地区にある松原海岸のキャンプ場にテントを張って泊まることもあれば、同じ下弓削地区の「民宿中塚」を利用することもあった。
この民宿中塚のおかみ、中塚いつ子さん(72)の存在はふたりにとってとても大きい。
「車で島を案内してくれたり、妹さんも一緒に民宿にする物件を探してくれたり。印象に残っているのは磯に連れて行ってくれたこと。ひじきの採り方を教えてくれました。バイクで弓削島に向かっている途中で、大潮になるよと電話をくれたこともあります」と笑う良文さん。島暮らしを一番最初に体験させてくれたのは中塚さんだったのかもしれない。

島の人たちにささえられ

その弓削島のひじきを「日本一おいしい」と断言する良文さん。他にも「タコもやっぱり日本一。鯛は歯ごたえがすばらしい」と、民宿のオープンに備えて出張した47都道府県のさまざまな土地で美味しいものを探し求め食べ歩いてきた良文さんが、弓削島の食材に太鼓判を押す。
そんな島の豊かな食材をふんだんに使って弓削の宿の料理は作られる。必要な下ごしらえは先に済ませておいて宿泊客の夕食を作り始めるのはたいてい夕方16時くらいから。「調理の責任者はお母さん」と良文さんはちや子さんの腕に全幅の信頼を置いているけれど、自身も魚の内臓を取り血合いを丁寧に洗いさしみにおろしと、手作りの長いテーブルを真ん中に挟んで、それぞれがキッチンで連携しながら活躍する。
この時良文さんが握るのは、秋祭りで知り合った「寿司居酒屋ととや」の大将、「がんちゃん」こと岩越竜司さん(48)とおそろいの包丁だ。料理について魚について、がんちゃんはいつも良文さんに様々なことを教えてくれる。休みの日にはその「ととや」で、良文さんとちや子さんふたり、お酒と料理を楽しむこともあるそうだ。
良文さんとちや子さんのかたわらには、夢を実現しお客さまを精一杯もてなそうと奮闘するふたりを、何気ない様子で助ける島の人たちが寄り添う。ふたりの熱意と人々のあたたかさで、弓削の宿は出来ている。

自慢は、弓削島近海の魚を使った料理

弓削の宿で出される料理に使われる魚は弓削島の漁師さんからその日獲れたものを仕入れるので、何が手に入るかは入荷の時にならないとわからない。とっておきの食べ方を漁師さん自らが教えてくれることも多く、メニューは入った魚を見てから決めるという。
たとえばこの日は、鯛やアコウ、ヒラメが届いた。それらを使って、鯛めしやお刺身、かぶと煮、フライ、塩焼、南蛮漬け、鯛のあらで出汁を取ったお吸い物などがいっぱいに並べられた。ちなみに調味料にはちや子さんが慣れ親しんだ、故郷鹿児島のしょうゆや味噌が使われる。甘くやさしい味わいだ。
 「テーブルに用意してある料理を見てお客さまが『わあっ!』と歓声をあげると、『よっしゃ!』と思います」、「主婦だから。家族に喜んでもらえるようにお客さまにも喜んで食べてもらえる美味しいものを作りたい」、ちや子さんは話す。

訪れる人たちに、喜んでもらえるように

2021年7月1日、弓削の宿の庭には、露天風呂が新たに作られた。これももちろん良文さんが手掛けたもので、移り住んでから知り合ったカメラマンなど近所の人たちが手伝ってくれた。
露天風呂の周囲にはぐるりと囲む竹の目隠しを設えた。そのために弓削島の山で孟宗竹を160本ほど伐採してきて乾かし、その後強度を出すためにさらに火であぶったそうだ。
聞くだけでとても大変そうだけれど、「足湯もできるので宿泊したお客さまはもちろんサイクリストのみなさんにも立ち寄っていただきたい」と、良文さんはやっぱり、訪れた人たちに喜んでもらえたらとうれしいとどこまでも楽しそうに語る。
普段暮らす街を離れて弓削島を訪れ巡り、また日常へと戻る旅の途中、束の間、美味しい料理でもてなされくつろぐことが出来る。
「楽しい一日を過ごさせて頂きありがとうございました。また来たい弓削の宿でした」「こんなに新鮮でおいしい魚をおなかいっぱい食べられて幸せです」…。弓削の宿の玄関先に置かれている、宿泊客から宿へのメッセージが書かれたノートには、宿でゆったりと過ごしたお客さまからのそんなメッセージがいくつもいくつもあった。
旅人にとって弓削の宿はちょうど宿の前に広がる、祭りの途中で人々がしばし休息を取る広場、三角形の「おどり場」のような、大切な憩の場所だ。

《古民家弓削の宿》

  • WEBサイト Facebookページ
  • チェックイン 15:00 チェックアウト 10:00 定休日:不定休
  • 料金(1泊2食付/税込 ※1日限定3組)
    大人:10,000円
    子供(小学生):8,000円
    3~6歳:5,500円
    0~2歳:無料
    素泊まり:6,000円
    ※船貸切:50,000円~(12人乗り、魚釣り、島巡りクルージングなど)
  • 露天風呂1日1組限定、WiFi有り、駐車場:3台
  • 予約・お問い合わせ
    TEL. 080-6442-3298 または、お問い合わせフォーム
    住所:〒794-2506 愛媛県越智郡上島町弓削下弓削384-1
  • 民宿 中塚 寿司居酒屋 ととや

 

ツイート
FBでシェア

かみじまのおススメ特集

かみじまの島々をめぐろう

弓削島
岩城島
魚島
高井神島
佐島
生名島
豊島

上島町を探索

かみじまをより深く知ろう

特集
体験記
上島町にはどう行くの?
上島町アクセスマップ