おすそわけに生海苔
瀬戸内海が冬独得の深い青に染まる頃、弓削島にその年初めての海苔「新海苔」が採れる季節がやってくる。
街なかでも目にする焼き海苔や味つけ海苔が店先に並ぶ一足先に、弓削島で親しい人たちの手から手へひそやかにおすそわけされるのが、加工される前の「生海苔」だ。
酢の物にしたり、天ぷらにしたり、お味噌汁の具にしたり。美味しい生海苔料理は色々あるけれど、島でなじみがあるのは佃煮かもしれない。
調味料を入れてある程度火を通したら鍋ごとストーブの上に置いて、焦げないように長い時間ゆっくりとかき混ぜて仕上げるのだと、山あいの集落に暮らす人に教わったことがある。
海苔の産地・弓削島だからこその豊かな日常だと思う。
季節の中に海苔がある、そんな弓削島の海苔養殖の現場を追った。
10月、弓削島の風物詩
10月半ば、海岸端にある海苔養殖場にお邪魔した。
もしその頃弓削島を訪れたとしたら、海沿いに続く県道から、海辺に建てられた直径2.5メートルほどの大きな水車を見ることが出来るかも知れない。
それが海苔の「種付け」を行う水車だ。
その水車がゆったりと回る姿を見て、ああ今年も海苔の季節が始まったと感じる島の人たちも少なくない。つまりそれは数か月に及ぶ海苔養殖の始まりの光景であり、そしてそのまま、弓削島の風物詩でもあるのだ。